「もしかして怖い?」
「怖いですね、泣きそうです」
「恐怖感は大切だよ、生き残る為にはね」
「膝が笑いそうなのに、そういうこと言わないでください」
「逃げたくても逃げられないって?」
「そうですよ。たまには優しい言葉くらいかけてくれても罰は当たりません」
「僕はいつも優しいじゃない」
「雲雀さんって、笑いながらヒトを殺せますよね」
心外だとばかりに目を伏せる。
口元笑ってますよ、冗談じゃない。
彼の興味が失せれば、こうして会話することも無くなるのだろう。
仲間を引きとめておくのに、必死な自分に苦笑する。
今まで積み上げてきたものを崩すんだ。
最後のジェンガが中心から音を立てて倒れて行く。
[0回]
「復讐者の牢獄を出る?」
「僕の弟子を使います」
「大丈夫なの?」
「ボンゴレ、君はヒトの心配をしている場合ですか」
「そりゃまぁ、そうなんだけど」
「昔を赦していないくせに、偽善にも程がある」
「お前がオレ達にしたことは赦せない、赦しちゃいけない」
「そう、それで良い」
「でも、クロームを生かしているのはお前だし、黒曜のふたりの拠り所になっているのもお前だ」
「…やっぱり君は甘過ぎる」
獅子のような瞳をして、炎のような意志を持って。
なのにどうしてそんなにも変われない?
いっそ残虐非道にでもなってくれたのなら、
この中にあるマフィアというものが揺らぐこともなかったというのに。
[0回]
「あぁ、あのヒトは、セリムは無事かしら」
「…もし」
「ホークアイ中尉?」
「大総統がヒトでは無かったら…」
「え?」
「すみません、お忘れ下さい」
「…前に、ね」
「はい」
「訊かれたことがあるわ。もしも自分が化け物であっても、その心は揺るがぬものかと」
「………」
「莫迦なことを、と笑ったわ」
「そう、ですね」
「ヒトは誰しも怪物を心に住まわせている。私もきっと例外ではない」
「えぇ…」
「そんなことだけで貴方をひとりになどしないと、約束したわ」
「ブレッドレイ夫人」
「約束を、したのよ」
聡い彼女は本当は知っているのではないだろうか。
何もかもを承知の上で、彼を愛したのではないだろうか。
そんな傲慢ささえも、愛おしさに変えるだけの深い愛情で。
最期の最後、哀しさだけが残る未来が、
どうか彼女に訪れないよう、信じても居ない神に祈った。
[4回]
あたためたティーカップに昨日買ってきたばかりのローズヒップティーを注げば、
甘酸っぱい香りがキッチンいっぱいに広がった。
こんがりときつね色に焼けたガレットをお皿に並べて準備完了。
大きめのトレイにティーポットまで載せると、
私は兄の仕事部屋へとわくわくしながら向かった。
先日顔を合わせた新しい担当さんは兄が言った通り私も知っているヒトで、
初めて会ったときと変わらない柔らかく優しい空気を纏って、
久しぶりね、大きくなったわね、私のこと覚えているかしらと懐かしそうにはにかんだのだった。
「お兄ちゃん、お茶にしようよ」
「そうだね。ありがとう、舞花」
テーブルにトレイを置くのと同時にカタカタとキーボードを叩いていた指が止まり、
ゆっくりとこちらを振り返る。
その後ろで文字通り齧りつくように画面を見つめているのが新しい担当さん――天野遠子、さん。
前に会ったときは私もほんとうに小さな子どもで…勿論、中学生の今も大人とは言えないと分かってはいるのだけれど、
それでも彼女は大人びて見えて、びっくりするほど綺麗だった。
なのに、今感じるのはどちらかと言えば可愛らしさ。
きらきらと兄の書く小説に目を輝かせたり、
時折料理に例えた蘊蓄を語ってみたり、
でも私が顔をのぞかせると慌てて最初の印象であるしっかり者を装うのを実は知っている。
少女のまま大人になったような、可愛くて、不思議なヒト。
流石にもう赤毛のアンみたいな三つ編みではないけれど、
長い髪はそのままに背中で緩やかに波打つ。
「遠子先輩は、えっと、原稿のチェックでも…」
立ち上がろうとしたお兄ちゃんが、隣に立っていたセンパイと目が合うと少しだけ目を泳がせた。
敢えて言うなら挙動不審。
わけが分からない。
お兄ちゃんらしくない。
担当さんに仕事をさせておいて、
自分だけ休憩だなんてお兄ちゃん意地悪よ!って言うと、
またちらりと彼女に視線を向けた。
さっきから何なんだろう?
「そうよ。ずるいわ、心葉くん。舞花ちゃん、私も頂いて良いかしら」
パソコンに背を向けた彼女は兄の様子に苦笑して、
私と視線を合わせるようにちょっとだけ腰を曲げた。
すみれだろうか、良い匂いがふわりと香る。
お母さんとは違うけれど、大人の女のヒトって皆こうなのかな。
「はい!ガレットも焼いたんです。どうぞ、遠子先輩」
「舞花が『先輩』はおかしいだろ」
「だってお兄ちゃんがそう呼んでるから」
「私は別に構わないけれど。でも、好きなように呼んでくれて良いのよ?」
そう言われても困ってしまう。
紅茶が入ったティーカップを兄に差し出しながら、私はうんうん考えた。
『担当さん』だったら知らないヒトみたいだし。
『天野さん』…余所余所し過ぎるかも。
『遠子さん』はこの前見たドラマのお姑さんみたいで嫌だなぁ。
かと言って『遠子ちゃん』なんて流石に呼べないよ~。
初めて会ったときは名前なんて知らなくて、
お兄ちゃんの大切なヒトよってお母さん達から教えられて、
呼び方なんて…そうだ!
「…あ、あの」
「なぁに?」
指の先でガレットを摘んでいた彼女を、私はそろそろと覗き込んだ。
「遠子お姉ちゃん、って呼んでも良いですか?」
兄と一緒になってぽかんと呆けた表情が浮かぶ。
だ、駄目だったかなぁ。
やっぱり『遠子さん』って呼ぼう!と顔を上げた途端、
真っ暗になる視界。
え?え?!な、何っ?!
やっと顔を出したそこは細い肩口で、
ぐるぐると混乱していた私はようやく彼女が抱き付いて来たのだと理解した。
なんて可愛いの!と感嘆の声を上げ、
頬ずりしそうな勢いでぎゅうぎゅうと抱き締められる。
「心葉くん、心葉くん!私、ずぅっと妹が欲しかったのよぉっっ!!」
「男の兄弟しか居ない女のヒトって皆そう言いますよね。ちなみにあげませんから」
「良いわ、舞花ちゃん!今日から貴女のお姉さんになりますっ」
「遠子先輩っっ!!」
普段から声を荒げることなんて滅多にないのに、
彼女が来てから穏やかな兄はすっかり変わってしまった。
私が知らないだけで、
昔からこんな感じのやり取りをしていたのかもしれないけれど。
真っ赤な顔でぜいぜいと肩で息をするお兄ちゃんを見て、
遠子お姉ちゃんの顔も真っ赤に染まる。
??????
「ちっ違うのよ、そういうつもりで言ったんじゃなくて、でもでも、あの、そのっ」
「えぇ、遠子先輩の考えなしは昔からですから、よぉっく身に染みてますよ」
「それって酷いわ、心葉くんっっ」
「どっちがですか」
しどろもどろでよく分からない言い訳をする彼女に、
兄は頬を微かに染めたまま、ぶすっと明後日の方向を向いてしまった。
私の前ではちゃんとお兄ちゃんなのに、
お姉ちゃんの前では大きな子どもみたい。
喧嘩してるのに仲良く見えるふたりがあんまりおかしくて、
堪え切れずに吹き出してしまう。
いつからか、兄は前に進みながらも何かを待ち続けていた。
大切な宝物をときどき机の引き出しから取り出すのと似た感覚で、小説を書き続けてきた。
そんな兄が誇らしくもあり、もどかしくもあった。
―――あぁ、そうか、そうなんだ。
私、気付いちゃったよ、お兄ちゃん。
賑やかしい喧騒に頬が緩む。
きっとこれがずっと望んでいた風景なんだね。
ついでに、多感なお年頃の私にはふたりの想いも、
何となく分かってしまった午後なのでした。
[5回]
「ツーナ兄っ」
「フゥ太、機嫌良いね」
「ママンが焼いてくれたミートパイがおいしかったからかな」
「オレ、昼飯すら食ってないのに…」
「言えば京子姉とかハル姉が作ってくれるでしょ」
「そういうんじゃなくてさぁ」
「ツナ兄は我儘だけど、我儘じゃないよね」
「うん?」
「他の誰かのことは我儘だけど、自分には我儘じゃない」
「ははっ。何だよ、それ」
「ほら、笑って誤魔化す」
「そんなことないって」
「嘘吐くの、上手になったね」
「獄寺くんにも言われたよ」
否定して欲しい言葉ほど、
はぐらかして欲しい言葉ほど、どうして肯定してしまうのか。
世界を知る術を僕はもう持たないけれど、
貴方はきっと世界中の誰よりも優しく残酷なヒトなのだろう。
[0回]
「十代目、ご気分が優れないのでは」
「そんなことないよ」
「食事を殆ど召し上がってらっしゃらない」
「直前にランボ達がお菓子大量に持ってきてさぁ」
「ランボはがっつり食べてましたけど」
「若さには敵わないよね」
「十代目」
「心配しすぎだってば」
「…十代目は、以前よりも嘘がお上手になりましたよね」
それって酷い褒め言葉だね、笑ってみたけど表情は晴れない。
ごめんね、だから話せない。
10年経って、ようやく嘘の吐き方を覚えたんだ。
[0回]
「リーンちゃん、レンくんと喧嘩したって?」
「……だって、レンがおやつ取ったんだもん」
「レンくんおやつ食べちゃったの?!」
「そうだよ!あたしの分まで全部!!」
「あれ、確か賞味期限切れてた気がするんだけどなぁ…?」
「えっ?」
「そうそう。お姉ちゃんがあるの忘れてたって別のを買いに行ったもの」
「えっ?えぇっ?」
「今頃、レンくんお腹痛くなってるんじゃないかしら?」
「れっ、レン―――――!!!」
「ちょっと、ミク。私が無精者みたいに言ってくれるじゃないの」
「お帰り、メイコお姉ちゃん」
「準備して行ったのは、ちゃあんと賞味期限内のおやつよぉ?」
「どっちかが謝らないと終わらないじゃない」
「良いわ、お菓子買いに行ったのはほんとだしね」
「わーい、苺大福だ!」
お茶を淹れていると、双子が揃って顔を出す。
不安そうに見上げてくると抱き締めたくなっちゃうわ。
お薬あげる、言って苺大福を手に乗せる。
[0回]
「問題集の回答率は上がりましたか、遠子先輩」
「ちゃんと上がっているわ。聞いて、勝率5割!」
「半分じゃないですか!何やってんですか!!」
「この前までは3割だったのよ」
「…センターまで何ヵ月か分かってます?」
「やぁね、分かっているわ、大丈夫」
「無い胸を張らないでください、このままじゃ判定外確実ですよ」
「そっ、そんなこと無いわっ」
「そんなことあります」
「心葉くんがおいしい三題噺書いてくれたら、絶対大丈夫!」
「食欲あるなら、健康面は大丈夫みたいですね」
ううう、ちくちくちくと棘を感じるわっ。
心葉くんのお腹の中は真っ黒ね、きっと!
でも彼は気付いてないみたい。
最近の三題噺はあまくて優しくて、そぉっと囁くように溶けてくの。
彼がほんとは優しいって内緒話を教えてくれる。
[1回]