「十六夜」
「もう少しだけ」
「成らぬ」
「まぁ、意地悪」
「構わぬ。早う休め」
「若しかしたら、貴方と過ごす時すらあと僅かやも知れぬのに」
「十六夜」
「空言では、無いでしょう?」
「空言だ」
「意地悪、ね」
あと僅かやも知れぬ。
口から出たのは真の言の葉。
幾許かの暇に泣き縋るより、微笑って貴方の傍に居たい。
十六夜の月は今宵も闇を照らしてくれるだろうか。
[4回]
「のう、十六夜」
「如何なさいました」
「月の満ち欠けを何に例う」
「月の、満ち欠け」
「如何様に」
「貴方様のように、私は思います」
「私?」
「えぇ、添う」
「何故」
「ヒトの手の届かぬ美しきものは全て貴方様に例いましょう」
「ヒトの手の届かぬ美しきもの」
「虚を、裏を、感じさせぬ程の力強さ」
「私が?」
「他に御座いまして?」
煌々と浮かぶ宵闇の月。
空を見上げる度に姿を変え、時には隠れる天照大御神の弟君。
其処に居るのに目に映すことも出来ぬもどかしさ。
愛しきヒトへと姿を重ねる。
[4回]
「駄目だよ」
「え?」
「私たちには、良いの。理由があるんだって、笑っていられる」
「う、ん?」
「でもね、自分にだけは嘘吐いちゃ、駄目なんだよ」
「嘘…」
「3年間1度も、あんたの彼氏の名前言わなかった」
「笑ってるけど、笑ってない」
「私、は」
「友達だもん、分かるよ」
「そんなかごめ見てるの、辛い」
「…だ、って、分から、ないん、だも、の」
「うん」
「どうしたら良いのか、分からないの」
「うん」
「手が、届かない…」
「違うよ」
「違、う?」
「伸ばさないと、届くものも届かない」
「理由じゃなくて、あんたはどうしたいの?」
「―――逢い、たい…逢いたい、よ…っ」
「うん、知ってた」
「知ってたけど、黙ってた」
「嘘吐いてたのは、私たちも同じなの」
「…うん、ごめん、ごめんね」
「かごめ」
「ありがとう――――――…さよなら」
予感がした。
背中を押してしまったら、もう2度と会えないのだと。
もうちょっと、もうちょっとだけ。
一緒に過ごせる時間を先延ばしにした。
ごめんね。ありがとう。さよなら。
ずるくても全部言わせた、泣き顔がここで終わるよう。
大好きな貴女が笑っていられるよう、倖せであるよう、願い続ける。
[3回]
「春だな」
「えぇ、ほんとうに」
「月夜に桜も美しいものだぞ」
「まぁ、風流」
「見たことが無いのか」
「だって、月を眺めていては乳母に叱られてしまいますもの」
「月は妖し、か」
「あぁ、でも」
「うん?」
「貴方様がご一緒ならば、月の妖しも遠退くでございましょうね」
「やもしれぬ」
ささに桜を浮かべて、月を呑む。
微笑った貴方がとてもとても美しかったから、
この刻を絵巻物に閉じ込めてしまいたいと願ってしまう。
叶わぬ願いに、目を閉じて。
[1回]
「あら、雨」
「誠か」
「えぇ、まことです」
「困ったな」
「『春暁』の君」
「うん?」
「貴方様は犬の大妖怪で在らせられるので御座いましょう?」
「如何にも」
「だったら此れくらいの、御犬様には成れませんの?」
「十六夜、我が本来の姿は此の屋敷の半分程ぞ」
「まぁ、大きい。では縁の下に隠れるなんて無理ね」
のんびりと笑う少女に、青年もつられて笑う。
だから願った。
此のまま雨も止まず、
刻が止まってしまえば良いのにと。
[2回]