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VOCALOID 1 『悪ノ』シリーズ妄想小説※書いて良いのかちょう不安(笑)


時計の針を巻き戻し、失われた時を紡ぎ出す。
その王国が悪逆非道と呼ばれていたあの頃に。



「ねぇ、レン。教会に行きたいわ」
少女の言葉に侍従は顔を上げた。
淹れ立ての紅茶がふわりと湯気をたゆたわせながら、
飴色の水面にまだあどけない少女を浮かび上がらせる。
結い上げた金糸の髪に気の強そうな蒼い瞳。
少女はこの国の王女だった。
レンと呼ばれた侍従はそっとティーカップを少女の前に置くと、
不思議そうに首を傾げる。
そのかんばせは王女の面立ちとよく似ていて、
誰が教えるでもなく彼らの繋がりを容易に連想させた。
「城内の教会ではなく?」
「下町の教会よ」
言い出したら聞かないのは分かっていた。
少女が自分の立場を弁えず、大した共も伴わずに行くと言っても、
少年には物申す権限などない。
少女は王女で、少年は召使。
それは、生まれたときから決められていたこと。
元来、双子は不吉とされてきた慣わしの中で、
母が懇願して命乞いをした結果だった。
暫く沈黙した後、少年は大臣に許可を貰ってきますと言ってサロンを出て行った。
僅かに目を伏せて揺れる紅茶を見つめる。
紅茶を飲み終え、侍女がてきぱきとティーセットを片付けた頃、
少年は漸く帰って来たのだった。


大聖堂の中は他に礼拝者も居らず、しんと静まり返っている。
結局、レンひとりを伴い、王女を乗せた馬車は下町の教会を目指した。
司祭は父王と母を見送ったときに城の教会を取り仕切っていた優しげな老人だった。
長い鬚を蓄え、おっとりとした眦に彼らは知らず安堵する。
まっすぐに十字架の前へと進んだ王女の数歩後ろに少年は従う。
誰に倣うでもなく王女は膝を折り、手を組むと瞳を閉じた。
数分間、少女は石像のように動かなかった。
「熱心に、祈っておられますな」
少し離れた場所に立つレンの隣の老人が
動かない小さな背中にやわらかく声をかける。
閉じていた瞼がゆっくりと上げられるが、視線は床に向けられたままだ。
ステンドグラスから降りる光が、少女の頬に睫毛の影を落とす。
「…ずっと、子どものままでは居られない」
ぽつりと、吐息混じりに王女は呟いた。
「私は、与えられるものが当然なのだと、信じて疑わなかった」
幼い少女の、まだ高いキーの声が小さく震えたのに気付いたのはきっと片割れの少年だけだったろう。
そうしてまた、気付いてはいけないのだとも理解していた。
あまり記憶のない先王の逝去は予想外に早かったと聞いている。
王女の成人と婚約選定を待たずしての崩御は、
王宮内の混乱だけに留まらず、城下にまで広がった。
これ幸いとばかりに喜んだのは国議会だ。
王族の血を絶やさず、
そうして自分達の利益を率先させた結果は幼き王女を玉座に据えることだった。
成人しなければ正式に王座を継ぐことは出来ない。
それまでは補佐という名目で国の政を操り、
上手く懐柔出来れば王座を継いだその後も実権を握ることが叶う。
事実、王女は王族としての執務をこなすでもなく毎日を過ごしている。
全てを国議会に任せきりだったのは、
王女であれば何もしなくて良いと言う驕りと、
彼らの提示した意味を取り違えた自由と言う言葉に誘惑された結果だった。
幼い少女に与えられる教養と知識は上手い具合に政から切り離されており、
それこそ幼い子どもが玩具を欲しがるかのような我儘を許し続けたのも彼らの思惑通りだったのかもしれない。
王家に集う貴族を顧みようとしない王女と、
私欲をさも当然なのだと正当化させる国議会を見限って離れる貴族は少なくなかった。
怖ろしいのは幼さ故の無邪気さ。
気に入らないものは排除すると言う、単純な思考回路。
王国を悪逆非道とまで言わせしめた横暴ぶり。
それに気付かない幼き少女。
「…後悔を、しておいでですか?」
顔を上げ、王女は立ち上がった。
振り返った少女が浮かべた笑みは、王宮では決して見せることのない笑みだった。
いつでも高飛車で、強気で、何がどうあろうと気にも留めないのが王女。
本当は、気付いていた。
レンは気付いていて、知らないふりをした。
それが、少女の望みだと分かっていたから、知らないふりをした。
少女の変化に気付き始めたのはいつからだったか。
「…王族は、何があろうと跪くことは許されません」
謝罪の言葉も、また。
王族の発言は国の発言。
振舞いのひとつひとつが国に、民に、繋がっていく。
「後悔など、出来ようはずもない」
(そう、あの頃からだ)
少年は微かに目を細めた。


『あんな女が居なければ、あのヒトは…っ!』
『でしたらゼロに戻してしまえば良いのですよ、お可哀そうな王女様』
『そんなこと、出来るの?』
『えぇ、とても簡単なことです』



『緑の国を滅ぼしてしまいましょう』



誘惑に負けたのは王女だった。
少女に何の罪もなかったと言えば嘘になる。
そうして、現実を知ったのもそのときだったに違いない。
「司祭様、私は」
1、2を誇る美しさを持つかつての緑の国が廃土と化した、
伝令用のスケッチを見た瞬間に込み上げた言い様のない嫌悪感。
食べたものを嘔吐し、数日間心因性の高熱で寝込んだ。
目が覚めても全てが夢であったはずもなく、
ただ呆然と自分のしでかしたことへの途方もない自責の念に囚われた。
教会へ向かう馬車の中から見た町の風景は色褪せていて、活気とは程遠い。
疲弊しているのは兵士だけでないことを自分の目で見、
確信し、そうして揺るがない決意を新たにする。
「私は、王女なのです」
確かめるように、少女はそう言って――――――笑った。



決めたのは、このときだった。
少年も、少女も、己の成すべきことを。



『議会と貴族を退けさせる為の革命を民に起こさせる、それが貴女の計画だったのでしょう?』
『いいえ、違うわ』
『そうして貴女が犠牲になれば、事実上王政は廃止、国は民へと還る』
『私は王女なの。逃げるわけには行かないだけ』
『王女』
『さあ、貴方も行くなら行って構わないのよ。どうせもう、誰も居ないのだから』
『私が…僕が居る』
『レン、貴方なに、を』
『最後まで王女で居るのが君の役目なら、君を護るのが僕の役目』
『駄目、駄目よ、お願い、莫迦なことを』
『約束したよね、護るって』
『レン、お願い…っ!』
『君を生かすのが、僕の役目なんだよ』
『いや、やめて、お願い』


お仕着せを交換させられ、裏口から強引に押し出された。
最後に見たのは、少年の優しい笑顔。
忘れられない、大切な。


『僕の為にもどうか、戻らないで』


大切な。


『愛しているよ、可愛い僕のきょうだいだった君を』


大切な。


『きっとどこかで笑っていると、約束してくれるよね―――リン?』


声にならない叫びが、蒼い空にこだまする。
閉じられた戸口は二度と開くことはなかった。




<青と赤の視点に続きます>


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