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VOCALOID 2 『悪ノ』シリーズ妄想小説続き


ディンドン、ディンドンと大聖堂の鐘が鳴り響く。
穏やかな日常であるのなら仕事の手を休め、
薫り立つ紅茶をティーカップに注ぎ、
甘い焼き菓子を頬張るのだろう。
それが許された最後の日はいつだったのか、もう記憶にない。
押し開かれたままの宿屋の窓から見えるのは蒼い空と、
城下に広がる家々の色とりどりの屋根。
城下町だと言うのに出歩く人間はまばらだ。
「行かなくて、良かったのか?」
紅い鎧を纏った女は遠目に映る獄壁を見晴るかした。
この国の罪人を収容する牢獄は南の一番外れにある。
だが、罪人と称された人間は恐らく半数以下に激減していることだろう。
捕らえられていた多くの者は不敬罪犯、革命犯で、決起した国民達にとっては英雄だ。
そうして彼らもまた、いつかは英雄と称されるのであろう。
「あぁ」
女騎士の隣で窓に背を向けていた蒼い髪をした青年は小さく頷いた。
その表情は暗い。
「彼女の…ミクの仇だったのに?」
「…君はどうして?」
答える代りに彼は重ねて問うた。
「『どうして』?愚問だな、私の役目は終わったよ」
「彼らにはまだ指導者が必要だ」
この国はまだしばらく荒れるだろうと予測出来た。
王政の強制廃止、議会も貴族すらも逃げ出した国で作り上げていかなければならないのは民主政治。
指導者は必要だ。
ただし、剣を振るう指導者ではなく、言葉の力で皆を統率していく指導者が。
最低限、議会は必要だろう。
議員を選出し、民の声を聞き、実行していく場所。
しかし、恐らくは最初だけだ。
国が安定してくれば間違いなく私欲に走る者が出てくる。
そうして抗う者達が再び革命を起こす。
壊すことよりも、作り上げていく方が何百倍も困難で、
結局歴史はその積み重ねで連ねられていく。
「戦闘以外に頭を使うのは苦手でね、そういうのは得意な奴がやると良い。それに、性分じゃない」
「謙遜だ」
「事実だよ」
かたん、と窓が風に揺れた。
空は蒼くて、風は澄んでいて、陽は穏やかに地上を照らす。
例え、ヒトが争い続け、いがみ合い、
憎しみの果てに誰かを傷付けても何一つ変わることなく。


「…本当、は」


ぽつり、と青年は言の葉を零した。


「もっと、他の方法があったんじゃ、ないか、と」


強く握られた拳が微かに震える。


「償う機会を、与えるべきだったのでは、ない、かと」


毅然と逃げることなく彼らの前に歩み出た王女は、本当に幼い少女で。



「彼女は、彼女だったら」



―――本当に、あのような結果を望んだだろうか



彼の、彼女の、記憶にあるのはいつも穏やかに笑みを湛える少女。
小さなことに喜んで、小さな倖せを嬉しそうに愛おしむ。
最期の最期まで、自分以外を気遣って。


『どうか』


触れたぬくもりが失われていくものだと信じたくなくて縋り付いた。


『哀しまないで』



―――誰も、憎まないで



彼女の最期の言葉を裏切って、剣を手にした彼の罪。
今更、もう間に合わない悔恨の念。
いつだって、後悔は後にしか来ない。
「…何が正しいかなんて、私達に決める権利は無いよ」
短く切りそろえられた茶色の髪がさらりと靡く。



「迷いながら、間違えながら、私達は自分の信じた道を歩くだけだ。例え数年先に深い後悔を覚えたとしても」



革命には生贄が必要だった。
その犠牲を以て、国民は暗黒の時代に終止符を打つ。
結果だけを見るのであれば、幼い少女を断頭台の露としただけ。
どんなお題目を掲げようとも、
それらは『人殺し』と位置づけられただけのもの。
そこに意味があるのか、ないのか、決めるのもまた、ヒトだ。
俯いた青年の肩に手を置くと、行こう、と彼女は扉へと向かった。



静まり返った路地裏に小さな足音が跳ね返る。
殆どの人間が国の外れの牢獄へと向い、
古い時代の幕引きと、新しい時代への幕開けの目撃者となろうとしている。
どれくらい走ったか分からない。
目深に被った帽子から零れる黄金色の髪は汗ばんだ頬に張り付いている。
息を切らしながら走る少年は、宿屋から出てきた影と盛大にぶつかった。
「わっ」
「…ッ!!」
小さな身体が地面に倒れた。
ぶつかった青年はあまり衝撃を受けなかったらしく、
慌てて倒れた少年に手を差し出した。
「大丈夫かい?前を見て走らないと危ないよ」
乱暴に手の甲で汗を拭い、
顔をあげた少年はただでさえ大きな瞳が零れんばかりに目を見開いた。
被っていた帽子は青年の向こう側に飛んで行ったようで、
連れだっていた女騎士が拾い上げて砂を払う。
「一体何をそんなに急いでいるんだ」
呆れたような声音で、彼女は少年に帽子を渡そうとして動きが止める。
見覚えのある、あり過ぎる相貌。
「お前、は…」
彼女の台詞を遮るようにして、青年は片手で続きを制する。
咄嗟に剣の柄にかけた手も下ろした。
「城の者は皆、王女を残して逃げ出したと聞く。そうか、君も」
びくりと少年は肩を揺らした。
ふと、誰かが近付いて来る気配がする。
牢獄へとは赴かずに残っていた人間だろう。
青年は懐に手を差し入れると、
有無を言わさずに少年の手へと金貨やら銀貨の入った袋を押し付けた。
「逃げなさい」
「…ッ!?」
「王女に関わりのある人間が捕まれば、どうなるかくらい分かるはずだ。君は王女の所業に巻き込まれていただけ、君に罪はない」
少年の目からぼろぼろと涙が溢れる。
懸命に首を左右に振っていたが、青年に帽子を被され立たされると、
一度だけ振り返り、深く頭を下げて城下町の外へと走って行った。
消えて行く少年の背中を見送りながら、女騎士は息を吐いた。
「良いのか、あれは…」
「大丈夫だよ」
青年は少年に触れた手のひらをじっと見つめた。
初めて少女達に会ったのは、生誕祭として催された城での舞踏会。
ローズピンクの愛らしいドレスを纏って、
父王にエスコートされながら姿を見せた幼い少女。
ふと目が合って微笑むと、
恥ずかしそうに眼を伏せてから、花が綻ぶように微笑み返してくれた。
王女付きの侍従の少年は不思議そうに目を瞬かせて、
彼らの間に視線を往復させていた。
そんな微笑ましい光景を覚えていたのに、無かったことにした。
今この手のひらに一体何が残ったと言うのだろう。



「愛する者を失う悲しみを知った。誰かを傷付ける痛みを憶えた。だからもう大丈夫だよ――――…彼女は」



女騎士はもう一度嘆息すると、お前は甘いよと呟く。
けれどそれで良いんだと青年は苦笑した。



それは、ずぅっと昔の物語。
歴史と歴史が重なって、いつか寓話へと姿を変えた。
遥かなる悠久の刻が奏でた、悲しい哀しい旋律の調べ。



君へ届ける、確かなメッセージ。





少女は目を覚ました。
そうして初めて、自分が泣いていたことに気付く。
自分を呼びにきた少年を見上げると、彼はひどく驚いた顔をしていた。
「…憶えてないけど、夢を見たわ。とても、かなしい夢」
「じゃあ、楽しい歌をいっぱい歌おう。そしたらすぐに、元気になれるよ」
「そうかな」
「そうだよ」
少年は少女の手を引いて、走り出す。
顔を上げれば仲間の顔が見えて、
泣きたくなるほど安堵してしまう自分に首を傾げた。
重なる旋律に、ぽぉんと響く小さな声。
ともすれば、聞き逃してしまうくらいのとても小さな。


少女は歌う、想いを託して。
少年は歌う、願いを託して。



重なる旋律を、まだ見ぬ誰かへと届ける為に歌い続ける。


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